読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Handai-CARP’s blog

大阪大学CARP(原理研究会)です!

誰かの心に届きますように

こんにちわ〜アラレです☆☆
昨日の朝、起きた時に部屋のとなりにある木からセミらしき鳴き声がしました!そろそろ、本格的に夏に入りそうですね。


 今日は誰もが知っているであろう・・・20世紀最大の巨匠、知名度NO,1!!
 パブロ・ピカソ(1881〜1973)
 彼の残した作品は油絵だけでなく、素描、版画や彫刻などの作品も残されていて、その数は数えきれないくらいであり、ギネスにも認定されているくらいに制作力に溢れた人でした。そして私生活のエピソードもたくさん・・・

 どの巨匠もそうですが、一生の人生の中で色々ありますよね。
 このブログに書ききれないくらい、一枚一枚の作品にはドラマが存在します。
 なぜ、それを描いたの?と鑑賞者の頭にたくさんの疑問を与えてくれる作品がいっぱいです。特にピカソの描くものはほとんど・・・そんな感じではないでしょうか(笑)「何、これ?」みたいな・・・
 様々に作風を変化させて、何でもすぐに影響を受けてそれに対して挑み、超えていってしまう・・・どの時代の作品も後世に強烈なインパクトを残しているものばかり。・・・まさに天才でした。
 作風がコロコロ変わるので、その時期の事を「〜時代」と呼ぶ事があります。青の時代、バラ色の時代・・・・全部で9つくらい。聞いた事があるかもしれません。

 パブロ・ピカソ、主にフランスで活動をしていた、スペイン出身の画家でした。
 美術教師の父の元で指導を受け、16歳で「科学と慈愛」という作品が美術展で賞を取りました。父も絵かきではありましたが、息子の絵の才能を見て、画家の道を諦めたというエピソードはあまりにも有名です。
 つまりこの頃から、絵がものすごく上手だったのです。子供の描くような絵ではなく、緻密に描写され、当時の大人すらもびっくりするほどの腕前でした。
 しかし、ピカソの思いはその逆でした。
 「子供のように純粋に描きたい・・・」
・・・天才であるゆえの苦悩でありました。


そして、今日の一枚・・・
「カサヘマスの死」(1901)

 描かれているのは、ピカソの親友のカルレス・カサヘマス
 苦悩のどん底にいたピカソが出会った、夢を共有し、共に暮らして絵を描いた友人でした。
 しかし、二人が出会って2年後、カサヘマスは19歳という若さで自殺をしてしまいます。
 突然の別れ・・・。この出来事は同い年のピカソにとって、大きな衝撃でした。
 煌々と輝くろうそくの炎の光が、人物の横顔を鈍く照らしています。
 炎が強いタッチで描かれているにも関わらず、目を閉じたカサヘマスの横顔は温かさを取り戻す事はなく、むしろ冷たく、固くなっていくような・・・。
 ピカソは死の床にあるカサヘマスの姿を、あと2枚描いていますが、この絵を含め、その2枚が発見されたのは、ピカソが亡くなってからの事でした。それまでピカソはこの絵をずっと手元に置いていたのです。
 
 カサヘマスがなぜ自殺をしたのか・・・
 それは、カサヘマスがピカソと共にパリに滞在していた時、ジェルメーヌというモデルに心惹かれていました。しかし、ジェルメーヌはどんな男性にも色目を使い、男友達が多かった人で、カサヘマスは、その事ゆえに不安や嫉妬が膨らみ、次第に心が病んでいってしまうのでした。
 それを知らなかったピカソではありません。何とかしようと、カサヘマスを連れて自分の故郷へ戻り、カサヘマスを慰労しようと試みましたが、カサヘマスは彼女の事が忘れられず、ピカソが展覧会の開催の為に故郷を離れざるを得なくなった時に、ピカソには何も言わずにパリへ行き、カフェへ仲間やジェルメールを誘い、そこで彼女に銃口を向け発砲、カサヘマスも自らのこめかみに銃を当て命を絶ってしまうのでした。
 ピカソがその事を知ったのは数日後の事。友人の最期を看取ることのできなかったピカソは、数カ月後、パリのカサヘマスが滞在していた部屋にこもり、この絵を描き上げます。
カサヘマスの死に向き合いながら、ろうそくの光は「生きていてほしかった」というピカソの叫びだったのかもしれません。

 この絵にも微かにこれからのピカソが入っていこうとしている「青の時代」への余韻があります。それから少しずつ、少しずつ、ピカソの絵は青色に染まり始めていくのです。

 ピカソの心は、友人を失った悲しみが色になって、キャンバスに表されていきました。
 1901年〜1904年の4年間、プルシアンブルーをベースにした、青色系統一色の絵。 ピカソの目は社会の底辺で生きる人達、自分と同じ悲しみの色を持った人達におのずと向かっていきました。ピカソの暮らしも簡単なものではありませんでした。それでも、無我夢中になって描いていく中で、苦悩を抱えても懸命に必死に生きようとする人達の姿を通して、糸口を見出そうとしたのかもしれません。
 そして、1904年「青の時代」の傑作が生まれます。
「人生」(1904)

 描かれているのは、カサヘマスとジェルメール・・・絵の中だけであっても、ピカソは友人に永遠の幸せを掴んでほしかったのでしょう。これ以降、ピカソはカサヘマスを描く事はありませんでした。

 親友の死と向き合う中で生まれた絵は、画家ピカソの基礎を築いていきました。この次に来るのが、鮮やかな色を取り戻した「バラ色の時代」です。

 最後に・・・この絵の事を思い出したのは、今問題になっている大津の中学生男子生徒の自殺がきっかけでした。このニュースを知った時、何か出来るわけではありませんが・・・ただただ、生きていてほしかったと強く思ったと同時に、残された人達の悲しみ・・・途絶えてしまう未来があるということがどれほど辛いかを考えたら・・・涙が止まりませんでした。
 この悲しみは癒される事は簡単ではないと思いますが、少しでも癒され、もう二度と同じような悲しみが起こらない時代にしていかなくちゃいけないと感じます。