読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Handai-CARP’s blog

大阪大学CARP(原理研究会)です!

政治体制について☆

ひとこと

こんにちは!えるです!
僕も遅ればせながらのブログ初参加です(^ ^)
これからは徐々にではありますが思うところを報告できたらと思うのでよろしくおねがいします!

ここ数日は雨が続きましたね・・・

日本の政治も相変わらず雨模様・・・
・・・・








っと、ここまでの流れは一切無視して、
唐突ですが、今日は「欧米の三権分立の比較をごく簡単に豆知識程度にお伝えしたいなと思います!


代表的なイギリス、フランス、ドイツ、アメリカについて。


まず、イギリスはご存知のとおり議会権力が強いことで有名ですよね!
なぜそうなのかを話し始めると長くなりますが、
直接的には、1689年に制定された「権利章典」が、それまで絶大な権力をもち、法までも支配していた「国王」から、「議会」に主導権を認めたことに端を発しています。
というわけで、現在王位につくエリザベス2世をはじめとする王室の存在は形式的なもので、「国王は君臨すれども統治せず」の文言どおり、国王の政治権力は皆無といっていいでしょう。日本の象徴天皇制に似てないでもないですね。
さらに、イギリスは成文憲法、つまり文章化された憲法を持っていないことはよく聞くと思います。長い歴史の中で徐々に蓄積・体系化されてきた慣習・判例などが暗黙のうちに憲法の代わりをしているんですよね。社会秩序維持・人権保障のため絶対に必要な法律なのに、その法律の恣意的な一人歩きを防ぐための上位概念としての憲法が存在しないのは正直、危険すぎるとは思いませんか? 
しかもイギリスの最高裁判所的役割を担ってるのは「最高法院」ですが、驚くべきことにに、その構成員はイギリス議会の上院議員!
要は、議会と司法が一体化している、というかむしろ議会の下に司法が置かれていると言ったほうが正しいかもしれません。
成文憲法がないこととあわせても、歴史に裏打ちされた絶大な信頼が、イギリス議会には寄せられているんでしょうね、ということだと思います!



続いてフランスですが、行政権が強いことで知られています。
なんといっても行政府を支える官僚がエリート!
というのも、フランスは歴史的に見て、フランス革命前、ルイ14世が象徴的な絶対王政時代に国王が裁判所と結託して反対派を多数処刑したり、国王の判断の権威付けに利用されていた裁判所が、国王の決定にそむいた判決を下して、国王・行政を妨害するというイメージを国民間に醸したりした背景があります。
なので、国民は基本的に裁判所に信頼を置いておらず、今でこそその信頼は回復していますけど、やはり歴史を通して国民の観念に根付いた司法に対する不信は未だ政治体制にも、行政権の強化という形で顕出しています。大統領が直接選挙で選出されるあたり、行政権の優位を物語っていますよね。一般的な国民感覚としてフランスでは弁護士が官僚に比べかなり劣位に扱われるのも先に述べたことと関係ありそうです。ちなみにですがフランスにおいて法律が憲法に適合するかどうかを判断する憲法院」司法権に属すかと思いきや、なんと行政権に属しています!どんだけ裁判所のこと嫌いなんですか!と思ってしまいますよね。



次にドイツについて!
強大な権限をもつフランス大統領とは対照的に、ドイツの大統領は「お飾り」といっても過言ではないみたいです。これは第二次世界大戦ヒトラー大総統として大統領としての権限も吸収して猛威を振るったことへの反省が大きかったというのが主な理由といわれています。直接選挙ではなく大統領選出のための連邦議会から選出されます。政治権力とはいえないものの、中立的な立場から様々な場面で議会の調整を担う点では、日本の天皇よりもやや強力な力を持ってる感じです。もうお分かりかと思いますが実質的な行政権はやはり首相にあります!(ナチス=ドイツ時代のヒトラーによる軍事力の悪用を議会が食い止めることができなかったことが現在の政治体制に少なからず影響を与えているのですが、ここでは割愛し次回以降?に譲りたいと思います!)ドイツにおいてもフランスと同様に議会への信頼が厚く司法権への不信が残っている状態ですね。その証拠に、ドイツにおいては、ある法律が意見か否かを判定する違憲判断は日本のように各裁判所ができるわけではなくて、その各裁判所のさらに上位に立つ憲法裁判所」もっぱら違憲立法審査ためだけのプロフェッショナルとして存在しています。これは司法権の中でさらに分権化を図り、国民の裁判所に対する信頼の回復、司法権の安定化を目指した結果ではないでしょうか。←当然の論理ですが笑



最後はおなじみのアメリカです!
端的にいうと大統領のカリスマ性が問われる国です!「大統領制」です。ご存知の方も多いとおもいますが、基本的に大統領に大きな裁量が与えられ、連邦議会と大統領は強い対立関係にあります。とくに三権分立が他国よりも厳格に徹底され、ドイツ・フランスと違い司法権に対しての信頼も厚いので、立法権に対する違憲審査のみならず、行政権に対する違憲判断も及んでいくわけです。「統治行為論」なんかを使ってみたりして違憲判断に日和ってる日本の裁判所に比べれば、積極的に三権分立の実現に努力する姿勢を示しているのかもしれません。代わりに、議会に対する信頼は薄いです。歴史をアメリカ合衆国という国の原点にまで遡ると、「世界史」とかで出てきますが、そもそもピルグリム・ファーザーズに代表されるイギリス出身のピューリタン清教徒キリスト教の新教徒)たちが命がけで神の国建設を目指し、アメリカ大陸に入植し始めたのが、「アメリカ」建国の端緒でした。当初その入植者たちを実質的に支配していたのが、まさに本国のイギリス議会であって、彼らは入植者すなわちアメリカ植民地から本国議会への代表者を募ることなく、一方的に「印紙法」などを課し、同植民地からの搾取をやめることはなく、入植者の不満は増大しました。というのが経緯としてあって、議会不信につながってしまっているわけです!(ちなみにその不満がアメリカ植民地の英本国からの独立・建国の遠因?になっていきます)



と、以上で切り上げたいとおもいますが、こうしてみると各国の政治体制って改めてそのまんま歴史の産物だな〜と思わされます。
長い歴史の営為の中で、人間がよりよい生活を目指して、努力して、ときには血を流して、無意識的な選択を繰り返しながら、暫定的ではあるけど今現在形作られています。
でも最終的には自分自身の心の中を、「人のために、誰かのために」という思いが占めることなくして、いくら外面的に論や仕組みをこねくり回しても、机上の空論ですよね。
だから結局は「自分自身の心がどうあるか」が重要なのではないかと思います。

最後はブログというよりもエッセイになってしまいましたが
やっぱりテーマ設定とか文章の要約って難しいですね。
次回以降、「もっと簡潔に」「もっとわかりやすく」を目標にやっていきたいとおもいます!

えるでした!